ミラージュ



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良平と出会ったのは今より随分涼しい春先だった。涼しいというより、まだ肌寒い季節。走っていても、ジャージは脱げない。

「赤澤!」

ストレッチをしているとコーチに呼ばれ、あたしはアキレス腱を伸ばした格好のまま振り向いた。はっきり言って、かなり間抜けな格好だ。

グラウンドの端でコーチが手招きをしていた。その横に立つ男の子。見たことのない顔だった。
いや、会ったことのないとかそういう意味で『見たことのない』んじゃない。
あたしはあんなに綺麗な顔の男の子を、今までに一度だって見たことがなかったんだ。

固まっているあたしをもう一度コーチが呼んで、そこでようやく我にかえり駆け出した。

近くで見ると益々思う。涙袋のくっきりとした丸っこい目に、不釣り合いな程筋の通った鼻。唇の色までもが全て理想的な"綺麗"だった。あたしを見てもニコリともしないところがまた、ミステリアスな美しさを醸し出している。