「お、お嬢さん、ぼ、ぼくと一曲踊って下さいませんか」

 手持ちぶさたに見えたのだろうか、そのときレリアにおずおずとダンスが申し込まれた。

「あたしですか? あたしでよかったら――」
(あんな嫌なやつのことは忘れて、今夜はとにかく恋の相手を探さなくっちゃ)

 レリアは精一杯の笑顔を浮かべて、声のほうを振り向いた。そこに立っていたのは侍女の使うほうきにしか見えない貧相な男であったが――そんな失礼なことを思っちゃいけないわ、と彼女は自制する。

(恋は姿形で決めるものじゃないわよね)

「ほ、本当ですか!」

 レリアの承諾に、ほうき男は床から十センチも飛び上がった。

「ぼ、ぼく、ダンスはいつも断られてばっかりで……だってぼくってたいていのレディよりも細身でしょう? だから、レディのほうがたくましく見えちゃって、それで遠慮されちゃうんです」

「そ、そうですか……」

(たしかにあたしよりも細そうだけど、それって初対面のレディに言うことなの?!)

「でもよかった、あなたはそういうことを気にしないタイプの方なんですね。あっ、でも」

「はい?」

「でも、ドレスはもう少し綺麗な色になさったほうがいいと思いますよ。ほら、こうして二人でいても、ぼくのほうがどうしても目立っちゃって申し訳ないから」

「は、はあ……」

「それでもいいなら、ぼくが踊ってあげてもいいですけど……」

 ほうき男が仮面の下から上目遣いでレリアを見る。

(えええ? ダンスを申し込んできたのはそっちじゃないの?!)

 気がつくと、ほうき男がレリアの手を取っている。慌ててふりほどこうとするが、がっちりと接着剤で固められたようで動かない。

(いやっ、こういうときってどうすればいいの!)

 混乱したレリアが、そのままダンスフロアに引きずられそうになったときだった。痛いほど握りしめられていた手がぱっと離れ、反動でほうき男がドスンと尻餅をついた。同時にバランスを失ってよろめいたレリアを力強い腕が抱きとめる。

「大丈夫ですか、名も知らないお嬢さん」

 見上げると、黒に金の刺繍を入れただけの質素な仮面をつけた男が彼女を見下ろしている。大丈夫です、突然の出来事にレリアは口をぱくぱくさせ、胸を押さえた。

「なっ、何をするんだ!」

 立ち上がったほうき男が、顔を真っ赤にして騒ぎ立てた。

「ぼくはその子とダンスを踊るんだぞ!」

「そうですか? 俺の目には、お嬢さんが嫌がっているように見えたんだが」

 レリアをかばうようにさりげなく、男が前に進み出る。

「な、なんだと! 嫌がってるはずないだろう! それはぼくのカノジョなんだからな!」

 ほうき男の言葉に、男はレリアを振り向いた。

「事実ですか?」

「……いいえ。あの、ダンスのお誘いは受けましたけど」

 カノジョ、とやらになったつもりはない。レリアはぶんぶんと首を振る。

「だそうだ」

 男は肩をすくめる。事の成り行きを見ていた人々が失笑を漏らす。と、次の瞬間、何を思ったかほうき男は助走をつけて男に殴りかかった。

「このやろう!」

(こんなところでケンカなんて!)

 レリアは思わず顔を覆った。ドスン、再び鈍い音。しかし、それ以上音は続かず、目を開けた彼女が見たのは一発でのされたほうき男の姿だった。

「そんなほうきみたいな体格で、俺に勝てると思ったのか?」

 呆れたように男が言い――レリアは思わず吹き出した。

(やっぱりあの人、どこかほうきに似てるわよね)

 そうするうちに、騒ぎを聞きつけた警備兵が人混みをかき分けてやって来る。

「まずいな、逃げよう」

 男はそう言うと、自然にレリアの手を取った。

「え、逃げるって……」

 レリアは言いかけたが、思い直して口を閉じ、手を引かれるままにその場から駆け出した。繋いだ手が痺れるように熱いのも、胸の鼓動がやけに大きく聞こえるのも、きっと恋に落ちたせいだと気づいたからだった。