恩師を見送って、そして親友を見送って。

 ……これからも、たくさんの旧友を見送っていくのだろう。そしていつか、自分も見送られる。

 最近そんなことを考えることが増えた。道場を完全に息子に譲ってしまってから、気が抜けてしまったのかもしれない。

 空を見上げて、旅立っていった者たちのことを考えて。そこに自分も旅立っていくことを想像する。

 でも。

「うっせぇな、黙ってろよ」

 龍一郎が突然、鋭い声で小さく怒鳴る。

 誰に向けるでもない。己の内にある者への、叱咤。

 孫は暴れん坊の“龍”をその身に封印している。彼と、同じように。

「……龍一郎」

 静かに呼びかけると、孫ははっとしたように顔を上げた。「なんでもねぇよ」と笑った。両親に不満を漏らすことはあれど、祖父母には心配をかけまいとしているのだろうか。その優しさが嬉しくもあり、寂しくもある。

 学校へ向かって歩き始めた孫の背に、拓斗は思わず声をかけた。

「龍一郎、帰ってきたら、じいちゃんの肩を揉みに来てくれないかな。この頃肩こりが酷くてね」

 そう言うと、龍一郎はしかめっ面で振り返った。

「えー、めんどくせぇなあ。まあ、いいけどよー」

 なんて言いながらも、最後にはうっすらと笑みを浮かべていたのを拓斗は見逃さなかった。

 優しい子だ。

 その身に封印されし者に、苦労はしているだろうけれど。

 “彼”は龍に屈しなかった。従えてみせた。互いに認め合う、対等の関係になった。そうなるには周りの支えがあった。背中を任せられる仲間、心を赦せる友人、信頼出来る教師たち──。

 拓斗は龍一郎にとっての、支えの一人になりたいと思う。

 些細な日常の中にある安らぎを与え、孫たちが歩む道を、見守りたいと思う。

 だからまだもう少し、空へは旅立てないのだ。











 龍太郎に捧ぐ拓斗の想い。