橘ノエルが生まれたのは、天神地区では名の知れた『龍娘流中国拳法』の道場である。

 本家である橘邸からは歩いて二十分といったところだろうか。それは閑静な住宅街の中にある。

 本家が音楽家であるし、父もCDを出しているセミプロのヴァイオリニストなので、ノエル、そして妹のセレナもそこそこ楽器は弾ける。だが、ノエルは音楽よりも武道家を目指そうと心に決めていた。


 橘道場には、朝は健康を気にするお年寄りが、昼は幼児から小学生の小さな子たちが、夜は本格的に武道をやっている猛者たちがやってくる。

 子どもたちからは憧れの対象として、その付き添いの親たちには目の保養、癒しとして、猛者たちからは実力を認められて、老人たちからは茶のみ友達のような気安さで慕われる拓斗。

 小さい頃からそんな父を見てきたノエルは、心の底から父を尊敬している。

 いつか父のようになるのだと、今日も学校の夕城道場で夕城鬼龍教諭にみっちり稽古をつけてもらった後、更に家の道場でも父に稽古をつけてもらった。

 大勢いる門下生だが、最早ノエルの相手が出来るのは拓斗しかいない。

 しかし時折訪ねてくる異世界の勇者やら、妹に召喚術を教えてくれるエージェントやら、嫁馬鹿な羅刹教諭の父やら、父の兄弟子であるスペシャルバカやらは、底知れぬ実力の持ち主。上には上がいるものだと、ノエルは慢心せずに修行に励む。