雪菜は立ち上がると、飛燕の傍まで歩み寄り、桶に入れた氷をそっと差し出した。

「ふん、雪女の氷か。……しばらくは涼めそうだ。ありがとよ」

 自分も夏は苦手だろうに、わざわざ来てくれたのか。そんな感謝の言葉を直接口にするには気恥ずかしく、飛燕は鼻の下を擦った。

「いいえ。今日は、もう一つ涼をお持ちしたんですよ」

 雪菜はそう言い、後ろを振り返って手招きする。

 すると襖の向こうから、ぴょこりと小さな顔が覗いた。

 アイスブルーの髪をポニーテールにした小さな童だ。その童を目にした瞬間、飛燕は目を見開いた。

 それもそのはず。

 氷の結晶を纏わせた艶やかな長い髪と、見る者を魅了してやまない鋭い瞳は、かつて愛し合った(勘違い)女のものだったからだ。

 雪菜の色も似ている。けれどももっと近い、いや、もう本人としか思えないような冷気を纏った美しい少女が、じっと飛燕を見ている。

「紗雪、ご挨拶しなさい」

 雪菜の声に、その少女がとてとてと傍までやってきた。

「はじめまして、鴉丸のおじいしゃま。わらわはさゆきじゃ。こいわい、さゆきと申すのじゃ。ごろうたいに夏の日差しは暑かろ? わらわが扇いであげるのじゃ」

 舌っ足らずの『なのじゃ』口調が、飛燕のハートにずきゅーんと突き刺さった。

 池の鯉のごとく口をぱくぱくさせている飛燕を、紗雪は帯に差していた扇子でパタパタと扇ぎだす。そこから生まれた柔らかな冷風に乗り、飛び散る氷の結晶が太陽の光に煌いた。