これはほんの少し、時を遡ったお話。

 臥龍の婿を迎え、様々な妖怪たちと同盟を結んでいた鴉丸は繁栄の一途を辿り、城は常に妖怪たちの威勢のいい声で賑わっていた。

 頭領である鷹雅が、傘下に入った妖怪たちの多さに頭を悩ませている頃。

 すっかり人生の黄昏時にきている飛燕は、自室の縁側に座り、ぼんやりと庭園を眺めていた。

 終わりゆく夏を謳う蝉の鳴き声に耳を傾けるその丸まった背に、かつて一帯を仕切っていた大妖怪の面影はない。

「この蝉の声が聞こえなくなる頃には……」

 儂も、小雪のいるところへ逝くのだろう。

 そう、胸中に言葉を繋げたとき。

「おいジジイ、客だぞ」

 タン、と勢いよく襖が開けられ、息子の孔雀が顔を出した。

「客。儂にか」

 頭領である鷹雅ならともかく、とうの昔に隠居した身の自分を訪ねてくる者などあったのか。飛燕は皺のよった頭に鈍い光を放ちながら振り返った。

 厳つい顔をしたつるっぱげ親父な息子、孔雀の隣に膝をついてこちらを見ているのは、白い着物を着た愛らしい顔立ちの女性だった。

「……佐伯の」

「はい、飛燕さん」

 雪菜は穏やかに微笑み、そしてアイスブルーの髪を揺らしながら頭を下げた。

「あまり具合が良くないと聞きました。暑気あたりでしょうか……氷をお持ちしました」

 かつて仇敵同士であった鴉丸の鴉天狗と佐伯の雪女。

 しかし鷹雅の方からの歩み寄りもあり、現在は強固な同盟関係にある。それでも、アイスブルーの瞳と髪を持つ雪女がこの城にいることを、飛燕は不思議な心持で眺めた。