「こんにちは」

スーツ姿の少しぽっちゃりとした男性に声を掛けられた。
いつものナンパ達とは少し雰囲気が違う。

「こんにちは」

私は持っていたスターバックスコーヒーで買ったキャラメルフラペチーノに口を付けながら返した。

「お姉さん、何してるの?」

にこやかに返事をするこの彼に、不思議と嫌な感じはなかった。
だから、ありのままの私で、素直に会話することができた。

「営業職、今お仕事終わりなの」

名古屋に引っ越してきて一ヶ月。
電車に乗るために通る駅の前で、よくナンパに合っていて、
もうよっぽど慣れてしまっていたから、私は敬語さえ使わなかった。

「そうなんだ~、もっと稼げるお仕事、する気ない?」

軽い調子だったけれど、話し方は至って真面目な印象だった。
私はこの言葉にピンときた。

「風俗の紹介?」

まだ時間は夜の21時くらいで、周りには駅を使うであろう人がたくさんいた。
だけれど、元から周りをあまり気にしない私は、大声でそう返してしまった。
彼は驚いたように私を見てから、軽く笑った。

「そんなストレートに返してくる子、初めてだ」

その後周りを少し見回して、道の端の方に移動する。

「人も多いし、とりあえずこっちで話さない?」

私も素直に移動した。
風俗、夜のお仕事。私は単純に興味があった。
だけれど、風俗は病気が怖い。
私がやりたかったのは『風俗』ではなくて、キャバクラなどの『水商売』だった。

「私、風俗興味あるけれど、病気怖いの
 キャバクラとかはないの?」

素直な気持ちを隠さずにそのまま伝えると、彼は少し考え込んだ。

「うーん、詳しく話したいんだけれど時間ある?」

「ううん、もう帰る~」

あははって私は笑って返した。
確かに興味はあったけれど、私にはお仕事がある。
なるべく早く帰って寝たいし、どのくらい話し込みことになるかわからない。
ただでさえ普段の仕事で疲れてストレスまみれなのに、そんなことに時間を使いたくなかった。

「あー、そうなんだ……」

彼は残念がるような反応を見てから、ふいにスーツのズボンからお財布を取り出して
私に紙切れを差し出した。

「?」

私はそれを受け取ってから裏表をざっと見た。
名前、会社名、メールアドレス、携帯番号の書かれた名刺。

そのあとにもう一枚、名刺を私に差し出してきた。
私がそれも受け取ると、彼はバツの悪そうな顔をした。

「初めに渡したほう、それダミーなんだよね」

「はあ」

「こうやってスカウト行為するのって違法なんだ」

後から知ったことだけれど、本物の名刺をはじめから渡して
私がそれを持って警察にでも行くと、何らかがあるらしい。

「2枚目に渡したほうは俺の連絡先だから、それでも詳しい話させてよ」

「……うん、わかった~」

これで終わりじゃないことに内心ホッとして、私は名刺を携帯ケースの中にしまった。

「それじゃ、時間取らせてごめんね!」

「大丈夫!またね~」

私は飲みかけのキャラメルフラペチーノにまた口を付けて、彼と別れた。
彼は私に声をかけたあたりの通りに戻って、また女の子を物色し始めたけれど、
私はあまり気にせずにそのまま帰りの電車のホームに出た。

私はもらった名刺を大事に見ながら、ワクワクしていた。
ナンパに声を掛けられた時のような嫌悪感のドキドキではない。

これからどうなるのだろう、そんな期待を込めたドキドキだった。