「吉敷(よしき)さん…俺…ダメです…ダメなんです…」

 「…いいの…いいのよ」

 麻奈は静かに、雨の音にかき消される程小さく呟き、震える良治くんの背中に触れた。

 「…麻奈さん」

 「…だって私も同じだもの…憎しみを育てる事でしかもう自分を保てない。誰かを憎んでいる時だけ、自分を憎まずにいられる。余計なことを考えずにいられる…そうしないと…飲まれてしまうもの…」

 同じ痛みを共有してはいけない二人だと思った。

 悲しみを共有しても待っているのは破滅しかないと予感がした。

 目覚めない場合の想定を一切していない二人の憎しみは募るばかり。

 僕はただ、傍観する。

 また、傍観者になる卑怯者なんだ。