美鈴は、電卓を必死に叩きながら昨日の売り上げを計算している。

店長が奥から出てきた。

「美鈴ちゃん、最近毎日来てるよね。よく働くもんだ。」

「いっぱい稼ぎたいの。」

電卓をにらみながら答える。

「そんな稼いで何するっていうんだい?」

店長は美鈴の電卓をちらっとのぞき込んだ。

美鈴はようやく手を止め、店長の方に顔を上げた。

「こないだ、お店の本立ち読みしてたらすごくきれいな場所見つけたの。そこに何が何でも行きたいんだ。」

「美鈴ちゃんが何が何でも行きたい場所って、どこだい?」

美鈴はすくっと立ち上がると、一番隅の本棚の前に立ち探し始めた。

そして、「あったあった」と言いながら、少し背伸びをして、その本を手にとった。

比較的分厚くて大きな表紙のその本は世界遺産写真集と書かれてある。

店長は、美鈴の横に並び、眼鏡を直しながらその表紙を見た。

「ああ、これね。きれな写真がたくさん載ってるよね。」

「そうなの。全部きれいなんだけど、見てみて、ここ。店長は知ってる?」

何度も見て覚えてしまったのか、美鈴はすぐにそのページを開いた。

山々に囲まれた湖面に映る美しい町、「オーストリア・ハルシュタット」と見出しにあった。

店長もしばらくそのページを眺めていた。

「ああ、確かに美しいね。」

「でしょ?とても美しいんだけど、なんていうかどことなく寂しげで神秘的な空気も漂ってるの。懐かしくて、なんだかじっと見てたら胸にこみ上げてくるものがあるわ。」

美鈴はそのページをうっとりと眺めていた。

「前世があるとしたら、間違いなく私はここの住人だったと思うの。ハルシュタットはね、昔ケルト文明発祥の地じゃないかっていわれてる場所でもあるのよ。それだけでもなんだか神秘的でしょ?ケルトのぐるぐるうずまきの独特のデザインがあるんだけど、このデザインも私すごく気に入ってるの。ハルシュタットの町並、歴史、空気感、全てが大好きなの。こんな町、後にも先にも現れないわ。」

店長はそんな美鈴を目を細めて優しく見つめていた。

「そうだね。しっかり働いて、いっといで。」

「ええ。お土産楽しみに待っててちょうだい。」

美鈴は本を閉じると、またそっと本棚に直した。

「すみません。」

その時背後で聞き覚えのある声が響いた。