「振られてませんよーだ。」

美鈴は奏汰にあっかんべ-をした。

「なぁんだ。ちぇ、つまんね。」

奏汰は、そう小さな声で言うと美鈴から顔を背けた。

背けたんじゃなく、正確には巡回していたのかもしれないけれど。

「つまんないこと?」

美鈴は顔を背けている奏汰に言った。

「つまんないつまんない。お前が振られてたら、大笑いしてやろうと思ってたのに。」

「ひどっ。」

美鈴は軽く奏汰の腕を叩いた。

「うわ、業務執行妨害しやがった。逮捕するぞー。」

そう言って、冗談めかして美鈴の手首を掴む。

思いがけず大きくて熱い手だった。

美鈴は「やめてよー」と言いながらも、さっき拓海が自分が転びそうになったときに掴んだ腕に神経が集中していた。

拓海とは違う熱くて太い指。

奏汰と目が合う。

「痛いから離して。」

美鈴は真顔で言った。

「ごめん。」

奏汰はその手をゆっくりと離した。

さっき、拓海の指に触れて「ごめん」と謝った自分と重なる。

大通りを曲がり、路地に入った。

美鈴の家はもうすぐそこだった。

「もう大丈夫だから。巡回に戻って下さい。」

美鈴は努めて明るく言った。

「何か悩んでるんだろ。俺でよかったらいつでも相談に乗ってやるし。」

「どんなことでも?」

「そりゃ、内容にもよるけど。」

「内容って?」

「個人情報に触れない限りの。」

「なにそれ。」

「俺も一応、国家公務員の端くれだしな。」

奏汰はそう言って笑った。

「例えば、誰かの住所教えてって言ったら教えてくれる?」

「え?」

奏汰が目を丸くして美鈴を見た。