「何って、別に。乃々夏ちゃんが手ケガして・・・」

加瀬君は顔色一つ変えずに、答えた。


「え?」


陽色が私の顔を見て、視線を手へと移した。


「大したことないから」


なるべく普通を装って、泣き顔は隠せても、涙声は隠せなかった。

加瀬君にみっともないとこ見せちゃったな。

思い返すと、気まずくなってきた。


「晴輝、おまえ相内に何かしたんじゃねえだろうな?」

陽色がどうして怒るのかはわからないけど。

でも、何か勘違いしているのはわかった。


「陽色、違う…」

「何かって?だったらおまえになんか関係あるの?」

私の言葉を遮って、加瀬君が陽色を挑発した。

加瀬君は何を考えているの?

2人が険悪な雰囲気になってきたとき。


詰め寄る陽色の腕を掴んだのは・・・


「ちょっと、喧嘩はまずいって」


「祐奈」


陽色が呼び捨てで呼ぶその女の子は、さっき見た美少女だった。



「ね?」

そう言って陽色の顔を覗き込むしぐさ。


恋人同士みたい。何でも分かりあってるような表情。

私はこの子に敵わない。

この二人は、私が入る余地がないぐらいに分かり合えている、そんな風に思わすほど自然だった。


彼女がいるのにどうして加瀬君に怒るの?
傷つくんだよ、そういうのが逆に。

そんな優しさ、いらない。


「もうかまわないで」


陽色にぶつけた言葉で余計に自分が傷ついた。

陽色が傷ついたような顔をしたから。

どうして陽色がそんな顔するのよ…


その場を立ち去って、5円玉を落としたところに戻った。


あんな完璧な彼女に敵うわけない。


手の傷が痛い。

心が痛い。


好きになるってこんなに痛いことなんだ。

陽色のことがこんなに痛いぐらい、好きって。こんなときにより実感してる。


5円玉、落ちるタイミングまですごいよ。あえて、あの瞬間を選んだのだとしたら私にあきらめろと言っているのだろうか。

きっと、そうなんだ。

短い恋だった。


5円玉を探すにはもう暗くなってしまって、スマホのライトを頼りに探した。

たまに、ミミズを照らして小さく声を上げながら。
泥だらけになって探しても、どこにも見当たらなかった。

途方にくれて、しばらく地面に座り込んだあと、あきらめて家に帰ることにした。


私の平凡じゃなかった日々はもう終わり。

また平凡な日々に戻るような、そんな気がした。