「加瀬君、ちょっといい?」

女子と会話を楽しむ加瀬君を呼び出すのは勇気のいることだ。


「何、なんなの」


女子の冷ややかな視線が、おでこや頰っぺたに突き刺さって痛い。

それでも、私はなるべく表情を変えず、加瀬くんをまっすぐ見た。


「乃々夏ちゃん・・・」


加瀬君は一瞬顔をこわばらせて、「わかった」と、言って私についてきた。


後ろからついて来る加瀬くんの存在感を背中で受け止めながら、内心緊張でいっぱいで変な汗をかいてきた。

「あの、どこまで行くの?」


人のいない場所を探すのが意外と大変で、廊下を歩きまわって非常階段の踊り場まで来た。


「こんな人気のないところに連れてきて何する気?」

おどけて見せる加瀬君に、私は気の利いた言葉が出ずに黙ったまま。

でも、空気を読めないんじゃなくて、加瀬君の気遣いなんだよね、これも。

優しい人、なんだ。


「加瀬君、あのね」

喉が張り付いてうまく声が出ない。

緊張しちゃってる。


加瀬君は少し困ったような顔で、でも優しい目で私の言葉を待ってる。


「私、好きな人がいるの」


言葉にしただけで顔が真っ赤になる。


私、陽色が好きなんだ…なんてこんな時に再確認してしまった。


「でも、加瀬君の気持ちにちゃんと向き合わなくて。傷つけてしまったことは、ごめんなさい」


頭を下げた後、顔を上げて加瀬君を見ると、また困ったような少し泣きそうな顔で小さくため息をついて、


「ごめんは俺のほうだよ。本当にごめん。最低なことしたって反省してる。もう一生口きいてもらえないんじゃないかって思った」


目をギュッと閉じて頭を下げてきた。

いつもは見られない加瀬君のつむじが見える。



「加瀬君にこんな一面があるなんて。ちょっとびっくりした…」

加瀬君はパッと顔を上げて、

「俺もびっくりしたもん」

そう言った加瀬君を見て思わず笑ってしまった。

そんな私を見て、加瀬くんは少し気が抜けたように笑った。

この感じがとても久しぶりに感じた。


加瀬君は頬っぺたに手を当てて、

「あの後、陽色すごい勢いで殴りかかってきてさ。痛いんだよ、あいつのパンチは」

そう言ってまだ痛んでそうな感じで顔をゆがめた。


「え?」

陽色が?


瞬きする私に、加瀬君は優しく笑った。


「相内はそういう軽い女じゃないんだ、傷つけたら許さないって・・・さ」


陽色…


やばい涙が出そう。

視界がゆがんで熱い。


「乃々夏ちゃんにそんな顔させるのは陽色だけなんだよな」

加瀬君はまたため息をついて、


「応援、協力はできないけど。ごめんね、心狭くて。でも、乃々夏ちゃんには笑ってて欲しい…それだけ」

そう言って階段を降りて行った。