縁〜サイダーと5円玉と君の靴ひも〜

無言で人のキスシーンを見守る私達って、一体何…?

自問自答しそうになった時、


「あれ?なんか見たことあるような・・・」

陽色がつぶやいたけど、私は何も答えられなかった。

答えられない、というより声が出なかった。


「乃々夏ちゃん?乃々夏ちゃん…大丈夫?」

加瀬くんの声で我に返った。


「あ、うん・・・」


加瀬くんの顔も見ずにそのまま歩き出した。

今、私絶対変な顔してる、こんな顔見せらんない。


早歩きのまま、駅へ向かった。

悔しかった。
何も言えなかった。

怒りよりも衝撃の方が勝ってしまった。


混み合う電車の中でも、私の頭の中ではさっきのキスシーンが何度もリプレイされてそのたびに、息が上がった。

ドキドキしている。恥ずかしくて、でも、苦しくて。


と、その瞬間・・・耳元にかかる息。

やたらと近いスーツ姿の男の人。


え?何、ちょっと変じゃない?

これ、普通の距離感じゃないよね。

どうしよう、なんか言ったほうがいい?でも、何かされたわけじゃないし・・・
でも、何かされてからじゃ遅いよね。

怖い・・・

心の声は、言葉になることはなく、恐怖で声が出ない。


電車のドアのほうへ体を寄せて逃げると男の人の体も寄ってくる。

これ、絶対おかしい。

頭は冷静に、叫べ、助けを呼べと命令するのに、恐怖心で体が動かない。


体の感触がわかるぐらいに体を押し付けられて、とうとう体が震え出した。

こっち来ないで、気持ち悪い!

怖い、怖い…!

誰か気づいて、お願い。


ギュッと目を閉じて涙が出そうになった…その時。


「え?」

グイッと腕を引っ張られて、引き寄せられた。


パッと顔を上げると、我慢していた涙がこぼれた。

体の緊張がとけて、少しめまいがした。


「陽色…」


やっと声が出た。

無意識に、陽色の腕にしがみつく。


「寄ってくんじゃねえ、おっさん」

おっさんと呼ばれたスーツを着た男の人は、一気に視線を浴び、身を縮めて離れていき次の駅でそそくさと降りて行った。


「陽色・・・」

子どものように泣いている私に、

「そんな顔してるから、狙われるんだよ」

ほっぺたを軽くつねられた。


陽色の手が温かい。

大きな強い手だ。


「ど、どんな顔よ」

強がってムッとして見せると、

「キスしてんの見た後から、ずっと赤いまま」

今度は優しくほっぺたを人差し指で撫でられて私の顔はもっと赤くなった。


「そんなことないし、赤くなんかないし…」

怒る私に陽色はクスッと笑った。