赤信号になり、車が横断歩道手前の白いラインで一時停車した。

 ウィンカーの音がカチッカチッ…と鳴っていて、点滅している矢印ボタンに目をやる。

 どうやら、この交差点で右折するらしい。

___なるほど、逢阪は渋谷方面に向かうのか。

 土地勘のない私でも、スマホのGPSを使えば自分の居場所くらいは把握できた。

 掌(てのひら)の上のこの小さな媒体は、私にとっちゃ、見上げるとそこにある大きな道路標識なんかより、ずっと頼りになる。

「1つ、確認しておきたい」

 透き通るような声で、ゆっくり話す逢阪。

 表情だけでなくその口調からも大人の余裕を感じる。

「なに?」

「さっきの男、彼氏か?」

 さっきの……って、ああ。大地のことか。

「違う」

「そうか。今後そうなる予定は?」

「ない」

「これまでキスしたことは?」

「……っ!質問は1つじゃなかったのっ」

「その様子じゃ未経験か。そりゃいい」

 ………どういう意味?

「いいか、鈴。今ここでお前に恋愛禁止令を出す」

 …………は?

「厳守しろよ」

___出た。NOと言わせない、鋭い声。

 私に名刺を渡した時。車に乗れと言ってきた時。そして、今。

 たまに出るその低い声と命令口調からは、非常に高圧的なもの感じる。

「嫌だと言えば、ここで私を降ろす?」

「いいや」

「……降ろさないの?」

「Yesと言わせるまではな」

___鬼。

 隣にいるのは鬼だ、と思った。

 そうでなければ悪魔。魔界から私をさらいに来た悪魔だ。