「そんなの、エリサがかわいそう」

 ぽつんと言うと、お母さんは信じられないという顔をした。

「かわいそう!? 何言ってるの!? あんたをあんなひどい目に遭わせた子でしょう。打ちどころがちょっと悪かったら死んじゃったり、重い障害が残るかもしれなかったのよ!? 先生に心配ないって言われて、文乃の意識が戻って、どんなにほっとしたか……」

「……」

「文乃がされたことは立派な犯罪なの。たとえ中学生だからって子どもだからって、絶対許していいことじゃないの」

 噛んで含めるようなお母さんの言葉。わたしをまっすぐ思ってくれる人を直視できず、俯いた。お母さんの目を見れない。

 たしかにわたしはエリサにひどいことをされていた。でもわたしだって、河野にひどいことをした。殴ったり蹴ったり、あいつの心を歪ませてしまうこと、たくさんした。

 わたしが思っていたより世界はわたしに優しかった。救いは見えてないだけですぐ目の前にあった。でもわたしはその優しさに、救いに、甘えられない。甘える資格がない。

 お母さんの声がやわらかくなる。

「優しいのね、文乃は……いじめられても優しい心をなくさなかったのね……いじめに屈さないで、ちゃんと優しい文乃のままでいたのね。えらいわ文乃」

「……」

「でもね、人に優しくする前に、まずは自分に優しくしなきゃ。自分を大切にしなきゃ」

 優しい? 全然違う。ほんとのわたしはいじめられていじけていろんなことを諦めて、自分から世の中すべてに背を向けて、ひねくれて。そして最悪なことに、自分がされことと同じことをひとにして、そんな方法で自分を守ろうとしてた。

 お母さんは何も知らず、わたしが優しいのだと信じてくれている。

 あたたかい手がわたしを抱きしめた。涙が出た。小さい頃されたように、頭をよしよししてくれる。

「いいのよ、もう泣かなくて。あんたはもう一人ぼっちじゃないの、お母さんが、みんなが、守るから……苦しかったね。辛かったね。よくがんばったね」

 違う、違うよお母さん。

 わたしはいじめの被害者だから泣いてるんじゃない。加害者だから泣いてるの。

 わたしも加害者だから同じ加害者であるエリサを責められない。自分もまたいじめをしていたんだという後ろめたさが、エリサに向かうべき怒りや憎しみに歯止めをかけている。

 きっと、一生そうなんだ。罪を、罪だと憎めない。加害者である以上、自分のしたことは死ぬまで記憶につきまとう。いつか遠い未来わたしに子どもができたって、その子にいじめはいけないと堂々と言う権利を、自分がいじめをしたことで失ってしまった。いじめをするっていうのは、こういうことなんだ。

「大丈夫だからね文乃。もう大丈夫」

 あったかい言葉が、頭を撫でてくれる優しい手が、苦しい。できることなら自分が背負った罪を、今すぐ打ち明けてしまいたい。わたしはいじめをしたんだと。でもそれをしたら、お母さんをきっともっと苦しめてしまう。自分の子どもがいじめられていたより、自分の子どもがいじめをするような子だって知ったほうが、辛いはずだ。

 だから、せめてこれ以上お母さんを苦しめないように。

 お母さんを二度と泣かせないように。

 この胸の痛みをたった一人で引き受ける決心を、そして被害者じゃなくて加害者として生きていく決心を、した。



<完>