家に帰ると、姉達は既に準備を終えていて、母と話をしていた。

邪魔にならないように、そっと自分の部屋の部屋に入り、扉を閉める。

沈没船で出会った、血のような赤い瞳が印象的な、美しい魔女。

たしか、彼女は「2年後を楽しみにしている」と言った。

2年後は私が15歳になる年だ。

だが、彼女に自分の歳を言った覚えはない。

そもそも、2年後に何があるというのか。

母の話す海の上の世界は素敵だが、いつも最後に、母はこう言う。

ー人間になろうなんて、愚かな考えはしないで。

彼らの住む世界は、嘘や欲望で溢れているの。

それに比べ、海の中は綺麗で平和。

人魚であることは、幸せなのよ。

それだけは、忘れないで。ー

と。

なんだかんだ言って、姉達は大好きだし、両親も大切。

それに、何ひとつ今の生活に不満はない。

冒険なんかしなくていいじゃない。

海の上の世界はただの幻想。

美しく着飾って、内面を隠して。

そんな世界に住もうとなんて思わない。

人間になろうなんて…

……ありえないよ。

だから、大丈夫。

細かく震える体をぎゅっと抱きしめる。

私は、自分で思っているより、怯えていた。

2年後、私の身に何が起こるのか。

自分の運命は、きっと変えられないのだから。

何が起こっても、それを受け入れるしかできないの?

考えれば考えるほど、恐ろしい。

ひとりでいるのが耐え難くて、扉を開ける。

「うわ!!」

ドンッと誰かにぶつかった。

「ごめん、リン。大丈夫?」

「う、うん。ごめんなさい、カレン」

姉のひとり、カレン。すごく優しくて、大人っぽい。

「リン、顔色が悪い。カレン、頭打たせたんじゃ…。」

もうひとりの姉、マリアが顔をのぞき込んできた。

「ううん、大丈夫だよ。

ごめんね、心配かけて。」

「いいのいいの!具合悪かったら言ってね?」

「うん。ありがとう。

2人とも、今日は楽しんできてね。」

「ええ。帰ったら、リンにお話聞かせてあげるわ。」

マリアが優しく頭を撫でた。

「楽しみにしてる!」

今は笑顔を作る余裕はないが、とにかく笑おうと、作り笑いを浮かべた。

慣れすぎた笑顔。

この笑顔は、嫌い。

「じゃあ、私たち、この後のこと確認してくる。

またね」

ひらひらと、手を振りながら、泳いでいく。

私も小さく手を振った。

それと同時に、今までの震えが、一気に返ってきた。

止めようとしても、止まらない。

体の力が抜けていく。

「ははっ……。」

無意識の内に嘲笑が漏れた。

私は、愚かだ。

嘘の笑顔しかできないくせに、姉達と対等に笑い合えるわけないじゃない。

ふわりと体が傾ぐ。

その場に崩れ落ちて、顔を覆った。

私は、……怖いんだ。