その日はエル様と関わることなく、軽い雑務を終えた。
エル様の執事といったって、エル様から命令されなければ何もない。
仕事を言いつけられないのだから、やることは雑務だけ。
「大丈夫ですか?はい、吸ってー、吐いてー」
早めに仕事を切り上げた僕は、過呼吸を起こしていたところ、丁度通りがかったドクさんに助けられていた。
背中をさすられているうちに、呼吸が楽になっていく。
「ありがとうございます…助かりました」
「それは良かったのですが…どうされました?
何か不安でもありましたか?」
「……大丈夫です…」
寮に戻ろうとすると、ふらっと眩暈が襲う。
廊下の壁に体当たりしてしまった僕は、ドクさんに支えられ座り込んだ。
「少し熱ありますね……」
「またですか……」
「恐らく疲れたのでしょうね。
部屋に行って休めば大丈夫ですよ」
ドクさんは僕を背負ってくれた。
広い背中に身を預けていると、ドクさんが立ち止まった。
「お嬢様」
「あらドク。こんばんは」
「こんばんは。お忙しそうですね」
「そりゃそうよ。
式は1ヶ月後って言っても用意が大変だもの。
明日はウェディングドレスを作りに行くのよ」
ドクさんの背中で表情は見えないけど、嬉しそうな声音。
苦しくなって、きゅっとドクさんの白衣を握った。
「お体には気を付けてくださいね。
シエル様もお疲れになってしまったようなので」
「……そう」
「おや。心配になられないのですか」
「……使用人ひとりひとりに心配していたらそれこそ疲れるわ。
体調管理もしっかり出来ない人が、本当にわたしの執事になれるの?」
ひゅっと、喉がしまる。
何で…何でそんなこと言うの。
エル様じゃないよ……エル様じゃない。
「わたしは忙しいからまたね、ドク」
ドクさんだけに挨拶をしたエル様は行ってしまった。
ぎゅうっとドクさんの首に手をまわしていると、ドクさんが僕の背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫ですよシエル様。
あなたが思っているほど、世界は残酷ではありませんから」
ドクさんの言葉は優しいけど、僕は再び過呼吸を起こす。
そこで初めてわかった。
エル様の行動ひとつで、僕の体調は大いに変わる、と。