シエルを寝かせ、ドクに任せたわたしは部屋を出る。
寮を出て本家に戻り、とぼとぼ廊下を歩いていると。
「よぉエル」
「……プーセ」
わたしの部屋の前の廊下で待っていたプーセが笑う。
その首には、月の真珠がかかっていた。
「驚いただろ?これが月の真珠だぜ。
俺はリュンヌ王国の王子様だったんだ」
「……じゃあ、どうしてクザン家に?」
「聞いたら親も白状してくれたよ。
俺、赤ん坊のころクザン家の前に置いてあったらしいんだ」
「クザン家の養子だったってこと…?」
「ああ。
俺はすげぇ血を受け継いでいたんだな」
嬉しそうに語るアンス。
わたしは嬉しくなんてなれない。
だって、わたしはプーセなんて愛せないんだから。
「……エル」
「何?」
「俺と婚約したら、アイツ助けてやるよ」
プーセが取り出したのは1枚の書類。
受け取り見ると、婚約届だった。
「アイツって」
「シエルだよ。あの貧乏人。
アイツが今国中で何て言われているか知っているか?」
「知らないわよ…」
「金だけのために王女様に近づいたって」
お金だけのために……。
そんなことはないはず。
もしそれだったら、シエルが雨の中倒れていたのは計算だってことになる。
「アイツ、金を稼げって言われてきたんだろ?
それが明るみになった途端、金目当てに王女様に近づいたって」
「そっ……んなことないわよっ」
シエルが嘘だったなんて言わないで。
わたしを好きだと言ってくれたのも否定しないで。
「まぁ真実はどうでもいい。
ここでこの書類を書けば、アイツを叩く奴らを俺が処分してやる。
アイツを守ってやれよエル」
最悪なシエルの評判。
払拭させるには、これを書けば良い。
評判が消えたら、シエルは幸せになる。
ねぇシエル、言ったわよね。
わたしが幸せになるのを願っているって。
わたしだって、シエルの幸せを願っているんだよ。
辛い思いばかりしてきたシエルが、幸せになりますように。
「……わかったわ」
その日の夜。
わたしは婚約届を隙間なく埋め、プーセに渡した。
数時間後には、テレビなどで叩かれていたシエルの悪口は全て消えた。