食器洗いが終わると、アヤカは風呂へ僕はパソコンで何となくショパンのワルツ集を聴いた。優雅に安らぐには物足りず、気分を高ぶらせるにはちょっと重い気分の今、ワルツのリズムとピアノがちょうどよかった。



 風呂上がりのアヤカがワルツに気付いた。あの日以来、ちゃんとスウェットに着替えて浴室を出るようになり、今では裸を見なくて済む。



「これいい曲ね。ワルツ踊れるの?」



「踊れないんだこれが。リズム感はある方だと思うんだけど、それを体で表現するとなると、どうもうまくいかなくてね。」



 すると、アヤカは僕の手を取り、踊り始めた。



「ちょ、ちょっと!」



「昔の貴族はみんなこうして踊ったのよ?」



 アヤカにリードされながら僕たちは踊った。決まりもない、ただお互い向かい合わせに両手を繋いでリズムに合わせて飛び跳ねながら回る。時々、左右に振れたりする。片手を離しアヤカがポーズをする。そしてまた二人で飛び跳ねる。まるで、「タイタニック」のジャックとローズのようだった。



「これ合ってるの?」



「合ってるかどうかなんてどうでもいいでしょ? 楽しい音楽が流れてきたからそれを体で表現する。踊りってそういうものじゃないかしら?」



「でも、ワルツとジャズではステップとかも違うんじゃないか?」



「確かにそうね。でも、私たちの関係だってそうじゃない。男女が同棲してたら、それは付き合っているってことでしょ? 私たちは付き合っているわけじゃない。それなのにこうしてお風呂上がりに踊ってる。ぴょんぴょん飛び跳ねてね。私からしたらこっちの方がよっぽど違うと思うわ。」



 アヤカの言う通りだった。僕もアヤカもでたらめだけど、こうして踊っているのが楽しい。楽しいから踊るのだ。そこには紛れもなく二人だけの世界が確実にあって。例え、今、世界のどこかで紛争があっても、今まさに息を引き取ろうとする年老いた犬がいても、関係ない。



 知るかってんだ!



 僕たちは今、こうしている時間が楽しい。幸せなのだ。愛はなくても、幸せなのだ。自由なのだ。



「フリーダム!」僕は叫んだ。



「フリーダム!」アヤカも同じように叫んだ。



 ダイニングのわずかなスペース。午後10時ちょっと過ぎ。僕たちは自由だった。