派遣社員の秘め事  ~秘めるつもりはないんですが~

 こちらが慌てふためいていても、何処吹く風だった渚は、閉まった隣の家のドアを見ながら言った。

「感じのいいご主人だな」

「そうなんですよ。
 おっとりして穏やかなご夫婦で」
と言うと、

「俺たちもあんな風になるのかな」
と言ってくる。

 いやあの……ちょっと無理なんじゃないですかね、と思っていた。

 まさか、自分があんな風に温厚そうに微笑む夫になれると思っているのか?
と正反対の野生的な顔つきの渚を見る。

 それでも、ちょっと想像してしまった。

 渚と此処で、隣のご夫婦みたいに暮らす日々を。

 まるで夢のように、穏やかな普通の生活。

 そんな未来を想像すると、ちょっと涙が出そうになる。

 それは、子供の頃からずっと欲しかったものだから。

 だが――。

『姫、これからいろいろあるかもしれないけど。
 後悔ないよね?』 
という未来の言葉を思い出す。