『パパありがと。行ってきます。行ってらっしゃい』

翌日の朝、いつものように学校正門の少し手前でパパの車から降り立った私は、いつもにはない周囲からの強い視線を感じた。


"………?"


あまり気に止めることはせずに、そのまま歩き出す。
学校敷地内に入り中等部校舎へと向かうけど、その途中にも中等部と高等部の生徒達からの視線を感じた。

あからさまな視線を向けられて、居心地の悪さまで感じた私は歩む足を速めた。


"私…何かした?"


そんなことを思いながら、足早に昇降口へ入る。
自分の下駄箱前に立って、目の前の上履きに手をのばした。

「紫音」

指先がその踵にかかったところで私の名前を呼ぶ声が聞こえて、私はその声が聞こえてきた方に振り返った。

そこにはすでに登校していた碧の姿があり、すぐ先の広く空けた場所に立っていた。

『おはよう、碧』
「おはよー紫音」

私へ近づいてきた碧が挨拶しなから私をギュッとする。
日常と課している碧からのハグ。

こうされると、“ここにいていいよ”と言われているみたいで安心する。
きっと、私に対しての碧の優しさで、言葉はなくともそれを通してそれが伝わってきていた。

親友だけど、お姉さんみたいな存在。

さっぱりとしていて、明るく面倒見もいいから、同学年に限らず慕われている。
それにとても美人さんだ。
今もチラチラとこちらをうかがう男子生徒達が視界に入ってきて、その頬が赤く染まっているのがわかった。

『フフッ』

その光景に思わず私から笑い声が漏れた。

「なぁに?紫音。いいことでもあったの?」

碧が私の顔を覗きこんできた。

『フフッ 違うよ。
男の子達が碧を見て顔を赤くしてる……フフッ』

キョトンとする碧。

『碧は人気があってその上美人さんなのに、私にばっかりかまってくれるから、私は嬉しいけど、男の子達はかわいそう』

私が笑顔でそう言うも、碧は呆れた顔をしている。


"あれ?"


「鈍感。でも可愛いから許す〜〜〜」

碧はそう言うと、また私に抱きついてきた。


"鈍感?"


碧の肩越しにそんなことを考えていたけど、


キーンコーン カーンコーン…


鳴り始めた予鈴。

昨日の歩きでの登校とは違って、車での登校の時はパパとの時間を優先する傾向にある私が、ついおしゃべりを朝からし過ぎていたことを、今の予鈴が鳴り出した時刻で知らせてきた。

「わっヤバッ。早く行こ」
『ん』

碧の声で、履き替える前だった上履きに履き替え、私達は教室へと急いだ。

この時にはもうさっきの視線のことなど、現金なまでに私の頭の中からはキレイサッパリと消えていた。