「待って!!」

そう声をかけられて、私の肩におかれた手に、反射的に振り返った先にとらえた男子生徒(ヒト)。

トクンッと私の心臓が大きく音を立てたのがわかった。



少し日に焼けた肌と無造作に流されたこげ茶色の髪。
少しだけ目尻の上がった二重のそうぼう。
通った鼻筋に、程よい大きさのうすい口唇。



"…すごく整った顔"


そんな人が私を見下ろしていた。


"背…高いな。…誰だろう"


そう思ったのは当たり前で、私は面識のない人を見上げていた。
見たところ、ネクタイの色で高等部の人。ということだけはわかった。

『あの……?』

自然と私は問いかけていた。
でも、それを遮るように碧が放った言葉にすぐに答えを見つける。


"一先輩"


その名前に聞き覚えがあったことを私は思い出した。
よく中等部の女子や男子の間で出ている名前で、私はあまり噂とかに関心がないから話されてる内容までは知らない。
でも何でその先輩が?

黙っていた私に、先輩が碧へと向けていた視線を戻してきて見つめてくる。

「ネクタイ…月瀬さんが届けてくれたんだろ?


先輩の口から出た私の名前…

トクンッとまた胸が高鳴る。


"名前…先生から聞いたのかな…
でもどうして名前だけで私ってわかったんだろう……会ったことないよね…?"


お礼が言いたくて。
ありがとな」

先輩が話す中、ぐるぐるとそんな思考が巡っていたけど、


"お礼って…"


言われるほどのことではないのに…何だかおかしくなって、私から笑みがこぼれた。

話は済んだはずなのに、立ち去らない先輩に対してもう少しだけこの場にいたいと思ったのは、この人の甘い瞳の色のせいだろうか…

「届けてくれたのが月瀬さんで……マジ助かった。4本めだったからさ」


"4本め?"


湧いた疑問に首を傾げてみれば、そんな私を見下ろす先輩の瞳の色がさらに甘さを増したように感じたのは気のせい?

「こっちの事情だけどね」

そう言った先輩は唇の片端を上げて苦笑いをして、

「中央棟の図書室、よく利用すんの?」

と、言葉を続けた。

『…………』

ふいに聞かれたことに私は固まってしまった。


"どうしてそんなことを聞くんだろう…"


先輩は私が答えるのを待っているのか、押し黙ったままで…
少しの沈黙の後に、私はポツリと声を出した。

『えっと……利用は昨日が初めてです。普段は中等部の図書室で事足りてますので』

私は一旦そこで言葉を区切り、先輩から視線をゆっくりと逸らした。
あまりにも私を見つめてくる先輩に、自分の顔がまっ赤になりそうだった。
だから私はそのままの状態で言葉を続ける。

『……でも、少し利用する機会が増えます。今、調べていることが途中なので…』

そう言って、もう一度先輩を見上げると、まだそこにあった瞳。
変わらず私を見つめていたのか、視線がまた絡み合った。

とても心地いい…と私は感じた。

そう思ったことで、急激に熱を帯びたした私の身体。
この場にいることが恥ずかしくなった私は…

『わざわざ声をかけて下さって、ありがとうございました』

笑顔でおじぎをして、そのまま碧へと向き直るために踵を返した。
それなのに、

「月瀬さん」

先輩が私の名前を呼んだ。
その声に、私が先輩へと振り返ってみれば、

「次、利用する日教えて?」


"図書室のことだろうか?でもどうして?"


と思ったけど、気づいた時には、


『明日、行く予定てす』


と答えている自分がいた。