大人にはなれない


ふいに目が熱くなって狼狽えた。


赤丸で埋め尽くされた答案を眺める。こんなの就職すればなんの意味もないものになる。

でも就職するって決めても勉強で手を抜きたくないのは、これから頑張っていくためだ。決して俺は投げやりな気持ちで進学を諦めたんじゃない。勉強が嫌で高校生になることを拒んだんじゃない。

高校へ行かないから、受験しないからもういいやって投げ出すんじゃなくて、自分がいい加減な奴じゃないと証明するためにやるんだ。そう頑張り抜くことだけが俺のプライドだった。

飛田さんにそんな気持ちを丸ごと理解されたような気持ちになったんだ。


「そういえば僕も君くらいの頃にはいろいろ諦めてたなぁ」

俺の答案用紙にまだ視線を落したまま、飛田さんはなんだか感情のこもった呟きを漏らす。


「…………飛田さん、なんでボランティアなんてしてるんですか。こんな教え方うまかったら、家庭教師とか塾の講師とかしたらいい稼ぎになるはずなのに」
「はは、ありがとう。そう言ってもらえるなんてうれしいな。実は塾のアルバイトもやってるよ。でも時間に余裕があれば、ここのボランティアも参加するようにしている。だって僕もむかしここの塾にお世話になったからね」


驚いて絶句した。てっきり大学でボランティアサークルにでも所属してる、余裕のある人なのかと思っていたから。

「さっきも説明したけど、ここは家庭の事情で学習面で不自由をしていても塾に行けなかったり、進学を諦めている子のために、無料で学習支援をしている場でね、母子家庭で生活保護を受けて暮らしていた僕の、拠り所だったんだ」


俺を見る飛田さんの目が、なんでこんなにやさしいものなのかその理由が分かった気がした。


「気を悪くしないでね。君も折角勉強を頑張っているみたいなのに頑なに進学を諦めているのには、何か事情があるんじゃないかと思ったんだけど……」

思わず中村のいる方に視線を向けてしまう。中村はちいさい小学生相手に丸付けをしていた。ここではあいつも先生役の方みたいだ。


「…………あいつ、余計なこと話して……」