大人にはなれない


「だから敷島くんも遠慮せずに勉強していって。何かやりたい教科があるわけじゃないなら、とりあえず高校入試の過去問集でも解いてみようか」
「………あの。なんでこんなことになったのかよく分からないけれど、俺受験する予定ありませんから関係ないと思うんですけど」

「ふうん。じゃあ勉強は嫌い?」
「…………べつに」
「じゃあ無駄にはならないよ。紗綾ちゃんに、君が数学すごく得意って聞いたけど、自分がどのレベルまで通用するか知りたくない?」


人の好い笑みを浮かべているくせに、どことなく挑発するような言い方。

なんか試合をしているときの斗和の目に似ている。「出来るの?」「ついて来いよ」。そう訴えてくる、あの楽し気な目。こっちも思わず楽しくなってきてしまいそうになる目。

飛田さんに乗せられてる気はしたけど、試してみたい気もあったから問題に目を通すと、あっという間に夢中で解いていた。

現国とか古典は苦手だけど、答えがはっきりしている数学は単純明快で好きだった。二枚目のプリントは私立高校の入試を寄り抜いたもので、県立とは違ってひねった問題が多くておもしろい。


「すごいな。系統の同じ問題は一度解くと次は秒殺だったね」

丸を付けながら飛田さんは笑う。つまづいた問題の解説がすごく的確で思わず飛田さんの声に聞き入った。そういえば慶城大学って俺でも知ってるくらいの名門私大だ。でも学歴だけじゃなく、たぶん飛田さんは人に教えるのがうまい人なんだと思う。

「英語も8割取れているんだから、優秀優秀。敷島くんならこの調子で勉強を続ければかなりいいレベルを狙えるよ。今までいろんな子教えてきたけど、これだけ見込みのある子ってなかなかいないよ」


たぶん多めに褒めてくれているんだろうとは分かっていたけど。

それでも込み上げてくる。ああ、俺本当は中卒なんかじゃなくてもっと勉強してたかったんだなって。だから母さんたちの顔を思い浮かべる。……大丈夫、何度も捻じ伏せて来た感情じゃないか。


「…………でも俺、ほんと進学する予定ないんで」
「そっか」

てっきりむやみに「高校には行った方がいい」って説教だとか説得だとかをされると思って身構えてたのに、飛田さんはただ答案用紙をながめて、穏やかな表情のまま言った。


「でも君、すごいね」
「………え?」


「勉強、頑張ってるんだね」