大人にはなれない




「美樹くん、こっちだよ」

中村に言われて降りたのは、駅前にちょっとした商店街がある程度のなんてことはない普通の町だ。中村はどんどん進んで行って、駅から近くて1階がコンビニになっている雑居ビルに入っていった。


「中村、おまえどこに行くつもりだ……?」
「いいから黙ってついてくるのっ」


有無を言わさぬ口調に気圧されして、どこへ向かうのか何をするつもりなのか全く見当もつかないまま中村の後を歩いて行く。

記憶の中の中村はもっと穏やかでお嬢様然としていたけれど……この気の強そうな目、意外と嫌いじゃないな。フラれた身であることも忘れてそんな上から目線で考えていると、中村はビルの3階フロアの一番奥にあるドアを勢いよく開けた。そのドアには、



『 本日土曜日
みらい塾 やっています 
~はじめての子も歓迎します~ 』



と書かれたプレートが掛かっていた。


「おはようございまーす」

中村は慣れた様子で中に入っていく。そこはこぎれいなオフィスみたいな感じの部屋で、いちばん手前のデスクには4、50代くらいの男の人が座っていた。中村に気付くと「やあ紗綾ちゃん」とにこやかに挨拶してくる。

「おはようございます、長澤さん」

中村も見知った様子でその長澤って男の人に挨拶を返す。

「ああ、おはよう。今日は来てくれてありがとう。紗綾ちゃんが来ると場が華やいでいいね。……それで後ろにいる彼が紗綾ちゃんが言ってた例の子かな?」

長澤さんは俺をちらりと見ながら言う。『例の』ってなんだ?と問い質そうとすると中村が慌てて言う。

「あのっ、今日の『みらい塾』、あたしたち参加させてもらってもいいんですよね?」
「もちろん。さあどうぞどうぞ」


長澤さんに促され、中村に手を引かれ、ワケもわからず奥の部屋に連れて行かれる。

会議室みたいなその部屋の中にはホワイトボードに白い長机、それにパイプ椅子が並んでいて、そこにはちいさな小学生や俺より年上っぽい女子だとか、いろんな年齢の子供たちが10人くら座っていた。

みんな持参したらしいドリルやら教科書やらプリントを広げて勉強をしている。その傍らには勉強を教えている先生たちらしき人が何人かいて、そのひとたちは入室してきた俺たちに気付くとみんな顔をあげて「おはよう」とにこやかに挨拶してくる。