対する俺は唯一の普段着と言えるジーパンに、着古して色褪せたTシャツ、学校にも履いていっているいつものボロいスニーカー。その姿を頭のてっぺんからつま先まで、まるで批評するように眺めまわした後。
「これで美樹くんが背ちっちゃかったから許せなかったけど……まあ古着ファッションだと思えばぎりぎり及第点かな?」
なんて言って、中村はさっさとICカードをタッチして改札を通ってしまう。
「おい」
振り向いた中村は、向こう側からいたずらな顔で俺を見る。
「美樹くん。切符、ここから5つ先の駅まで買って来て。次の電車はあと1分で来るから急いでね?」
状況がよく飲み込めない俺を置いて、自分はスタスタと先にホームに向かう。
5つ先って、運賃280円もするじゃないか。俺なら徒歩圏内だ。一人だったら絶対電車には乗ってない。
出掛け際に優愛が急に姉貴風吹かせて「お小遣いあげる」なんて言ってきたけど、押し切られて千円札を受け取っておいてよかった。そう思いながら急いで切符買って階段駆け下りて、ホームに到着した電車に慌てて滑り込んだ。
「駆け込み乗車はおやめくださーい」
悠々と先に乗車していた中村が憎たらしいことを言ってくるけれど、すごく楽しそうに笑っているから文句を言うのを我慢するしかなかった。そう思えば、付き合ってた頃は中村のこんな本心丸出しみたいな、無防備な笑顔は見たことなかった。
「………美樹くん?」
中村はすぐに俺の視線に気付いて、なんだかひどく困ったような顔をする。うっかり見惚れそうになってたことを誤魔化すために、慌てて視線を逸らすと車窓の外で自分の住んでいる町が遠ざかっていくのが見える。
電車に乗るのはいったいいつぶりだろうと思い返していると、記憶の中で俺の隣に座っている人が不意に思い浮かんできた。もう俺、動物なんて見ても喜ぶ歳じゃないよ。そう言うことが出来ずに、父さんに連れられて行った動物園。
周りにいるのはちいさな子供を連れた家族連ればかりで、父さんと二人きりで来ていることが無性に恥ずかしくなって、なんだかぎくしゃくした雰囲気で園内を周ったのを覚えている。
父さんが、俺の誕生日を祝ってくれた最後の記憶だ。

