その日は、加瀬くんが少し違った。
具体的になにか、と言われたらそれを表現できるくらいに、まだまだ彼との距離は近くなくて。
違う、…けど、わかんない。
でも、違う。
「…加瀬、く、ん」
意を決して呼んだ彼の名前は、情けないくらいかすれてて。
「…え、」
ふるふる震える左手に、私は気づく。
(…怖いんだ)
私は、怖いんだ。
曖昧、だとか、奇妙、だとか。
それでも、私はいつの間にか当たり前になって、彼の隣を歩く日々を失いたくなくなって。
だから、だから、こんなにも。
震える左手も、力のはいらない足元も、かさかさの唇も、ひどくかすれたその名前も。
全部、私のぜんぶが。
彼を失いたくなくて、怯えてる。
