「結依子、大人げないよ。結依子にとっても可愛い弟だろ?」
「……知らないっ」
そっぽを向いたまま、早足に歩き出し、僕を置いていこうとする。
僕はそんな彼女を追い掛けて、もう一度横に並ぶ。ちょうど真横にある、不機嫌そうな横顔を覗いながら、僕は密かに充足感を覚えていた。
仏頂面をしていても、彼女は驚くほどに美しい。そして、この彼女の不機嫌な顔を知るのは、ごく限られた人間だけなのだ。
普段から高柳家の令嬢として注目を集める結依子は、人前では何重にも猫を被っている。彼女が本当の姿を見せるのは、家族と、大川さん、そして僕と僕の家族の前だけだ。
「もうすぐバス停につくよ。誰かに見られるから、機嫌を直して」
結依子の顔を覗き込めば、彼女はいかにも仕方ないと言いたげに、にっこりと可愛らしく微笑んだ。
「機嫌なんて、元から悪くないわ。この通りよ、奏くん」
微笑みとともに、僕だけに分かるように眉を僅かにピクリと動かす。休戦に応じただけで、機嫌は全く直っていないようだ。
「それは、大変失礼いたしました、結依子お嬢様。」
僕は恭しく頭を下げて、人前に出るときの澄ました顔で微笑み返した。
ある一つのことに触れられると、今の彼女は途端にへそを曲げる。
そんな彼女の態度は、ちょうど一週間前から続いていた。



