『もう、いっそのこと、結依子と結婚したらどうだ?』

僕に住み込みの一件を打診した際、征太郎はそんなひと言をつけ足した。

『首相もご存じの通り、僕たちはそんな関係にはありませんよ』
『そんな言葉で俺を騙せるとでも?』

涼しい顔で返したものの、僕の思惑などすっかりお見通しのようだった。年齢を重ねて、さらに渋さを増した甘いマスクが不敵な笑みを作る。

『やっぱり、透の息子だな。策を巡らすことにかけては一流だ。お陰で結依子はあの歳まで変な虫が寄り付くこともなく、スキャンダル知らずな訳だな』
『それは褒め言葉ととってもよろしいでしょうか?』
『ああ、もちろん。お前が望むなら、褒美に娘をやってもいい。ただし、あの結依子をその気にさせられたら、という条件付きだが』
『私にとってはそれが、一番難しい条件です』
『確かに。誰に似たのか、結依子は本当に疎いからな。まあ、頑張れよ』

この15年間密かに策を巡らせていた僕は、この願ってもない展開にほくそ笑んだ。

もちろん、僕も身分を弁えずに、彼女を狙っていた訳じゃない。
彼女に他に好きな男が現れて、それが彼女に相応しい男だったなら、僕はいつでもただの幼なじみに戻って、彼女の忠実な秘書に徹する覚悟が出来ていた。
だけど、当の結依子にはずっとその気はなかったし、僕以外の男を側に置くこともなかった。

彼女のそんな態度に安心しつつ、常に側で見守りながら、密かに彼女のパートナーの座を狙っていた。
言葉は悪いが、僕はこの15年間ずっと結依子を放し飼いにしていたようなものだ。

その甲斐あってか、実依子や周太郎のように、すでに僕たちが恋人同士に違いないと思い込んでいる人間すらいる。