僕が彼女に思いを告げてからも15年が経った。
あの告白をきっかけに、結依子は僕を多少は男として意識してくれるようになったものの、それ以上の進展は何もない。
僕は相変わらず、毎日彼女の隣にいる。
もちろん、僕の彼女に対する気持ちも変わらないまま。
たとえ報われない恋でも構わないと、今でも真剣に思っている。
それでも。
ほんの少し、策を巡らすくらいは許されるだろうか。
「あー、私も家を出て都内で一人暮らししたーい」
「ちょっと、実依姉ちゃんが出てったら僕はどうなるの。一人にしないでよ。お邪魔虫なんて、僕だってごめんだよ」
「あら、大丈夫よ。その時は、周太郎は公邸に引っ越せばいいじゃない」
「じゃあ、実依姉ちゃんもそうすれば?なかなか住めないよ?」
「いやよ、あそこお化けが出るって噂だもの」
実依子と周太郎は高柳家の広い洗面台に並んで洗顔しながら、互いに牽制し合っている。
今年、約10年ぶりに再び首相に任命された高柳征太郎夫妻は、二人で首相公邸に移り住んだ。一家全員での引っ越しも検討されたものの、結依子はすでに県会議員選に出馬することが決まっていたし、周太郎はあと一年で中学を卒業するところだったため、姉弟だけで地元に留まることになったのだ。
でも、本当のところは、首相が夫人と二人っきりで暮らすことを望んでいたというのが真相らしい。再び首相秘書官の任に就いた父によれば、二人は相変わらず新婚夫婦のように毎日イチャイチャしているという。
夫人の支えがあるとはいえ、やはり首相の仕事は激務だ。首相在任中ずっと高い支持率をキープし続けた前回同様、第二次高柳政権も盤石の体制だが、前政権が残した課題は山積みのようで、新首相に寄せる国民の期待は大きい。首相夫妻は子ども達のことまで構っていられないというのが本音だ。
とはいえ、末子の周太郎も今年でようやく15歳。まだまだ、近くに頼れる大人が必要な年頃だ。僕がこの家に住み込むよう命を受けたのは、そんな事情もあってのことだった。



