ようやく、結依子が人形のような微笑みを崩して、フランクに問い掛ける。

「お父さん、何か言ってた?」
「ああ、跡継ぎの話が過熱しているようだから、少し控えるように周知しろと。結依子が昼飯に付き合ってくれたって嬉しそうにしてたぞ。あとは、真依子ちゃんの作った弁当の感想だな。ほぼノロケだよ」
「透君、よく毎日聞いてられるわね」
「俺も毎日惚気返してるからね」

共に父親が職場で惚気を言い合っている姿を思わず想像して、僕と結依子は顔を見合わせて苦笑を漏らした。

「じゃあ、これで。お陰で午後からは仕事がだいぶ片付くかな。真依子ちゃんにも御礼言っておいて」

そんな息子達を気にすることなく、父さんは颯爽と立ちあがって、ドアへ向かって歩き出す。振り向いて、主に僕の方へと意味深な視線を送って言った。

「悪いけど帰りも送れないから。奏と帰ってくれる?……奏も話したいことがあるみたいだし」

余計なことをと思いつつも、僕は拳を握りしめて覚悟を決める。
それをきょとんとした顔で見つめる結依子と、肩を並べて内閣総理大臣公邸の中を歩く。

厳重な警備の敷かれた公邸から、僕たちはあっさりと抜け出した。
おそらく父さんが話を通しておいてくれたのだろう。どう見てもこの場所にそぐわない小学生二人連れでも、不審者を見るような視線を向けられることはなかった。
それどころか、すれ違うスーツ姿の職員や門扉に立つ警察官に、丁寧に頭を下げられて恐縮する。

結依子が抱えていた弁当の包みを、代わりに持つことにした。真依子ちゃんはここぞとばかりに腕を振るったらしい。大きな包みだ。
中身がなくて軽いからと、遠慮する結依子を説き伏せて、半ば奪い去るように手にする。

「永田町まで、歩く?」

外に一歩踏み出した時、結依子が僕の顔を覗き込むようにして尋ねる。
僕は「ああ」と返事をして、歩き始めた。