うつむいたあたしは、小さな声で言った。
「む、麦田(むぎた)です……」
「むぎちゃんね。下の名前は?」
“むぎちゃん”なんて、初めて人に呼ばれた。
「さくら。麦田さくら」
「さくら?もしかして春に生まれたとか?」
あたしは彼の瞳を見て、うなずく。
「俺も春生まれっ!だから俺たち桜が好きなのかもなっ」
彼の満面の笑みにつられて、あたしも微笑む。
“桜が好き”
彼は花の話をしているのに、いちいち反応してしまう自分がいる。
自分の名前を呼ばれているみたいで、勝手にドキドキしていた。
「いい名前つけてもらったな」
彼の笑顔は、まるで魔法みたい。
なぜか見ているだけで、うれしい気持ちになる。
「さくらっ」
驚いて目を丸くしているあたしを見て、彼はニコッと微笑んだ。
「そう呼んでもいい?」
――桜咲く春の朝。
これが、彼とあたしの出逢いだった。



