溜めるように言葉に間を置くと、先輩はにいっと器用に口角を上げた。それは何故か、自信に満ち溢れた顔だった。
「――映画のヒロイン役を、やってもらいたいんだ」
開けてある窓の向こうで、蝉が叫び声のような甲高い声でけたたましく鳴き始める。
先輩の声は大音量のそれに負けないぐらいはっきりしていて聞きやすいものなのに、一瞬聞き逃したみたいに言われたことが理解出来なかった。
でも頭の中に残った先輩の声が何回も響くように再生されることで、次第に自分がとんでもないことを頼まれていることに気付いた。
「……はっ、えっ、映画のヒロイン役!? 何で私が……!!」
驚きと疑問がいっぺんに頭の中に生まれたあまりに、すっとんきょうな声が出た。半ばパニックになりながら、ガタッと派手な音を立てて椅子から立ち上がる。
「おいおい、そんな興奮すんじゃねえ。説明はまだ終わってねーんだから」
「うっ、は、はい……」
だけどすぐさま、先輩に呆れたような顔で制された。それで一気に冷静になり、一人で勝手にオーバーアクションをしたことに恥ずかしさを感じながら丁寧に座り直した。
……いや、でも、こんな反応をしても仕方がない。だってそれぐらい先輩の頼みごとの正体が、思いもよらないものだったから。
部室に案内されたときに、もしかしたら部員の数合わせのための部活の勧誘かもと密かに頭の片隅で想像したりしていたけど、実際はその斜め上をいくものだった。
疑問がたくさん湧いてくるけど、黙って先輩の言葉に耳を傾ける。
「さっきも言ったけど、俺は映画研究部に所属してる。毎年映研部は文化祭で上映会をやってて、それに向けてこの時期は映画を作ってるんだ」
高坂先輩が話し始めたのは、映画研究部の活動についてだった。丁寧に順を追って話していく感じらしい。


