「……そうだ、航平」
「えっ、航平くん?」
よく知る友達の名前が出てきて少し気が緩んだ。身構えていた身体から力が抜ける。その些細な私の変化を見て手応えを感じたのか、先輩はそのまま続けた。
「そう、おまえの知り合いの相川(あいかわ)航平。あいつとは中学の頃からのダチで、俺の名前は高坂(こうさか)瑛介っていうんだ」
愛嬌のある笑顔で、航平くんとの関係性も含めた自己紹介を始める高坂先輩。笑うと細くなる目元には、優しさが滲み出ていた。
この人、こんな顔もするんだ。
すでに知っていたのは、初めて会ってぶつかったときの焦ったり心配して、それからちょっとほっとする声。そして度々向けられるようになった、心を見抜かすような真剣な瞳。加えて今日見た、呆れたり困ったりする顔。そして人を安心させるような、優しい笑顔。
ころころと変わる表情豊かな顔に、自然と引き付けられる。この人は自分の感情のままに表情を作る人なんだなと、直感的に思えた。
やっぱりこの人は演技で困惑していたわけではないと確信さえ出来るほどに、先輩の笑顔には嘘も邪気も感じられなかった。
引き気味だった身体をしゃんと伸ばす。それから彼の言葉を信じるという意味も込めて、一方的に呼ばれた名前を認めるように自らも名乗った。
「もう知ってるでしょうけど……私は、嶋田波瑠です。名前、航平くんから聞いたんですか?」
謎だった名前を知られた経緯を予測して尋ねると、先輩は素直に頷いた。
「ああ、そうだ。おまえに頼みたいことがあってな。前におまえと航平が話してるのを聞いて知り合いなのは何となく分かってたから、航平に頼んで名前を教えてもらったんだ」
「……そうですか」
名前を知られていた理由は一応納得出来た。


