早く退いてくれないかなー、なんて願いながら歩む速度を落とす。
止まってしまうと逆に目立って先輩に見つかりそうだから、周りを歩く同学年の人の波に身を隠しながらゆっくり下駄箱に近付くことにした。そしてあわよくばそのまま、先輩の視界をすり抜けようと考えながら。
「……」
「……」
……でも、計画は見事に失敗に終わる。
一瞬別方向を向いた先輩の隙を狙って通り過ぎようとしたけど、何かを感じ取ったみたいに視線を戻した先輩と、ばっちり目が合ってしまったのだ。
まるで獲物を狙う野生動物のような勘の鋭さに、思わず口元をひくつかせてしまう。それから静かに、何事もなかったように重なった視線をはずした。
目が合ってしまったのは、この際しょうがない。あとはこのままスルーして、さっさと立ち去ってしまえばいいんだ。
どうせ先輩はいつも、何も喋らないし。
「おい、ちょっと待て」
――でも、今日の彼は何かが違っていた。
無視して行こうとした私を呼び止めたのだ。しかも私が背負っていたリュックサックを掴んで、完全に足止めしながら。
声だけなら実は私以外の人に言ったという可能性もあったけど、さすがにこの状況では彼が引き止めたのは私以外には考えられなかった。
……いや、待てよ。人違いってこともあり得る?
いつもと違う先輩の行動に驚きと疑問を抱きながらそろりと振り返ると、掴まれていたリュックサックが解放された。自分よりも高い先輩を見上げて、恐る恐る口を開く。
「あ、あの、もしかして人違いだったりしませんか……?」
「はあ?」
呆れたように眉を下げた不機嫌顔が向けられる。彼の返事を聞く前から、人違いでないと察してしまった。


