部活にも入っていなくて好きな趣味さえもなく、お一人様の時間を悠々と堪能する度胸もない私は、一人寂しく帰るという選択肢しか残されていないのだった。
本館の階段をのろのろと最後まで下りて、そのすぐそばの下駄箱が並ぶ一帯に目を向ける。そして、すぐに彼の存在が視界の中心に入った。
ちょっと癖毛っぽい、濃い栗色の短髪。綺麗な肌色の顔。程よく背丈があり、がっちりしているようにも見える体型。そしていつも私に向けてくる、透き通るように煌めくダークブラウンの瞳。
それらの持ち主であるあの先輩が、下駄箱の端にもたれて腕を組みながら立っていた。
思わず顔がしかんでしまい、慌てて彼から目を逸らす。
先輩は誰かと待ち合わせて、あそこに居るのかもしれない。でも出来ればもっと別の場所に居てほしかった。
だって先輩が背中を預けているのは1年生の下駄箱のうちの一つで、偶然にも私のクラスの下駄箱は先輩がもたれているそれだ。
靴を履き替えるためには、明らかに先輩の視界の中を通らなければいけなくて……。それはつまり、またあの目線が私に定められる可能性が大いにあるということだった。
初めてあの先輩に会ってからかれこれ1ヶ月が経つけど、実は未だに彼は、沈黙を保ったまま見てくるという奇怪な行動を続けているのだ。
あとをつけ回されているようなことはなくて、ただ姿を見つけたら見てくる。それから私のプールの授業がある日は、自分の教室からプールに居る私を探すように見てくる。そんな意味不明な視線を向けてくる変な人というイメージが、すっかり定着していた。
執拗に見てくる時点でだいぶ怪しい域に足を突っ込んでいるけど、今のところ大きな害はない。しつこい視線にもそれなりに慣れてきている。
とは言え、じっと見られるのはやっぱりいい気はしない。嫌気のあまり、みるみるうちに眉間にしわが寄っていった。


