ここで息をする



私がこの場所に戻るなんて……やっぱり無理なんだ。

ただ無邪気に泳ぐことなんて、もう私には出来ない。手放したものを取り戻すなんて、余計に息苦しくなるだけだ。


「……っ、ぷはっ! はあ……」


身体は順調に動いていたはずなのに、すっかり怖じ気づいて弱気になっている心に引きずられて負けてしまった。前進する勢いが消えて、3回目のターンをすることなく、辿り着いた壁に縋るようにして泳ぐのをやめた。

壁にぶつかって生まれた波が、その場に立ち尽くす私にかかっている。喉を締め付ける息苦しさに抵抗するように、震えている唇を噛んだ。


「嶋田さん、何メートルだった?」


のそのそとプールサイドへと上がると、記録用紙を挟んだクリップボードを持つクラスメイトに声をかけられた。

そういえばタイムは計らないけど泳いだ距離は自己申告で記録すると、先生が説明の最後に付け足していたような気がする。確か体育委員である彼女は、その記録係を任されたのだろう。

少し上がっている呼吸を整えて、彼女の隣に立った。


「75メートルだよ」

「75っと……、泳ぎ方はクロールだったよね」

「うん。記録ありがとね」


距離と泳法を書き込んでいる彼女にお礼を言ってその場を去る。

身体の奥底が、何だかひどく疲れていた。


一通り全員が泳ぎ、次回からは泳力に合わせたグループを作って練習していくとの説明を受けたあとはフリータイムとなった。

10分ほどの余った時間を各自友達と過ごす。私は真紀と季里とともに、1レーンの中央辺りに居た。


「ねえ、二人は泳がないの?」


一度プールの端まで泳いで帰ってきた真紀が、ゴーグルを上げて目元を拭いながら聞いてくる。

お風呂のように肩まで水に浸かっている季里と、プールの縁に腰かけて水中に入れた膝から下をゆらゆらと揺らしていた私は、それぞれ苦笑を浮かべた。