ここで息をする



先輩の準備を待つ間にシーンを確認しようと台本を開いた。だけど、不意に頬を撫でた風につられて顔を左に向ける。立っていたときよりもプール全体が綺麗に見えた。

……そういえば先輩はいつも、教室からプールを見てたっけ。

プールの授業のときに度々校舎から見られていたことを思い出す。あのときは先輩のことを謎に視線を向けてくる変な人だと思っていた記憶も甦り、おかしな懐かしさからくすっと小さく笑みが漏れた。

今はその先輩と一緒に映画を作り、彼が導いてくれたきっかけのおかげでプールでも徐々に息苦しさを感じずに泳げるようになっているなんて。2ヶ月前の私が知ったらきっと信じられなくて驚くだろう。


あと1ヶ月も経てば、私の環境はまた変わってるのかな……。

思えば撮影予定期間は残り1ヶ月を切っている。このまま順調に進めば夏休みが終わる頃にはクランクアップを迎える予定で、“ハル”として過ごす時間ともお別れだ。

映画研究部の活動に混ぜてもらうことも、“ハル”としてプールで泳ぐことも。そして、疎遠気味だった幼馴染み二人と撮影という名目で頻繁に関わることも。――すべて、なくなる。

いつしか当たり前のように存在していた機会がなくなれば……また何か、変わっているのだろうか。


撮影が終われば、私が今のように定期的に泳ぐことはなくなるだろう。また、水の世界から遠ざかった日々を送る。そのとき私は、水の世界に居ても居なくても感じていたあの息苦しさから、完全に解放されているのかな。

航平くんと沙夜ちゃんとは、どうなっているんだろう。今は撮影が会う機会になっているけど、終わればまた振り出しに戻るのかな。二人はそれでも、私と一緒に居ようとするのかな。

映画制作で繋がったみんなとは、今みたいに熱意に満ちた時間を共有することはなくなるんだよね……。