「何も、俺の言う通りに完璧に泳ごうとしなくていいんだ。演技とか忘れて、純粋に遊んでるつもりで泳げばいい。そうすれば、勝手に楽しそうに見えるから」
「そんな簡単なものですかね……」
「案外そうだと思うぞ。ていうか俺、言ったよな? 自然な波瑠の姿が一番役に近いって。どうしても俺は監督だから指示するし、波瑠もその通りに頑張ろうとしてくれるけどさ、難しく考える必要はねえんだ。波瑠が楽しいって思えば、“ハル”も同じように見えるはずだから」
先輩が言いたいことは分かった。でも肝心の私が楽しいと思いながら泳げないから、その自然体で泳ぐことが一番難しく思えてしまう。
私が暗い表情のままだから、いまいち励ましの効果がないことは先輩も察したのだろう。小さく苦笑したあと、機嫌を損ねている小さな子供をあやすような優しい声で言った。
「波瑠が、好きなように泳げばいい」
「……私が、好きなように?」
「そうだ。別に、タイムを求めてるわけでもないしな。自由に泳げばいいんだ。楽しい気持ちは作ろうと思って生まれるわけでもないし、自然と生まれてくる。だったら好きなように泳いで、その瞬間を待てばいい」
「でもそんなの、いつ来るか分からない瞬間を待つってことですよね? 余計に難しいと思いますけど……」
「だからこその練習だろ。今日はいくらでも時間かけていいし、波瑠が楽しいって思いながら泳げる感覚を掴んでくれたらそれでいいよ。一回その感覚を掴めば、きっとこれから本番でもそうやって泳げるはずだから」
「そうなのかな……」
自分で簡単にコントロール出来ない感情が湧いてくれるのを待つなんて、何だかとても都合のよい軽んじた考えのように思えて仕方がない。


