ここで息をする



私が黙り込んでいても先輩の口は動き続ける。


「ここは“ハル”が特別レッスンを通じて、忘れかけていた水泳が好きって気持ちを再確認する場面だろ? だからやっぱり、今までよりも生き生きと泳いでほしいんだ。極端に言うと、この前撮ったシーンとは正反対な感じだな」


そんなことを言われても……。分かっていても出来ないから困っているんだ。先輩に返事をする代わりに苦笑した。

ただでさえ泳ぎで感情を表現する難しさがあるのに、よりによって今の私には抱けないような気持ちで泳げだなんて。当初懸念していた私と“ハル”の違いに、今一番悩まされてしまっている。

苦労したとはいえ、前回の撮影でやけになってがむしゃらに泳いでいた方がまだましに思えてくる。だってあのときの“ハル”の気持ちは……私にも嫌になるほど経験があって、自然と感情移入出来たから。

でも今回は違う。“ハル”は前向きに、泳ぐ楽しさを水の世界で思い出す。

私にはもう好きだと言えない世界で、自由になって……。


「……」


私と“ハル”は違う。泳ぐ楽しさなんて、私はもう、とっくに忘れてしまったんだ。

感じるのは、息苦しさだけ。

その現実がありありと形になっていることに心が悲鳴を上げる。すでに分かっていたし、だからこそ私は手放すことを決めたというのに、やけに悲しくなってしまう。

私は呆れるほどに、弱虫だ。


「……おい、あんまり思い詰めんなよ。好き勝手色々注文してるやつが、そう言うなって感じだろうけど」


絵コンテ内の“ハル”が自由に泳いでいる姿に釘付けになって黙り込んでいると、ぽんっと跳ねるように頭を撫でられた。そろりと隣の先輩に目を向ければ、ビー玉のように澄んだ綺麗な瞳が私を捉えている。