「この、シーン28―3なんだけどさ。もう少し、楽しそうに泳げないか?」
「楽しそうに、ですか……」
台本の絵コンテのページのひとコマを指差しながら、難しい顔で先輩が告げてくる。私はため息をつきたい気分で曖昧に頷いた。
何となく、そう言われるような気がしていた。私も台本でこのシーンの部分を見たときにそう泳ぐべきだと思っていたし、高坂先輩ならきっとそんな泳ぎを求めてくると思っていたから。
……ただ、実際は全然思った通りに泳げなかった。そう泳ごうとするたびに、余計に上手く出来ていなかったような気がする。
それでも練習中、意外にも先輩は前の撮影のときのようには事細かく口出ししてこなくて。ずっと考え込むような顔で、私の泳ぎを観察していただけだった。
それが変だなとは思っていたけど、今になって指摘されてしまうなんて……。水中から出て落ち着いているときに言われると、やけにその言葉が私の中に重く沈むように浸透してくる。
台本に目を落とすように俯いた私の横顔を、先輩が覗き込むように見ていることには気付いていた。だけどそっちを見られないまま、黙って台本に夢中になっている体を装う。
もしかして、私が息苦しくなることを恐れながらぎこちなく泳いでいたことに気付いているのだろうか。そう思わされるほど、一心に向けられている先輩の瞳は見透かすような雰囲気を纏っていた。私が意識したくない感情を揺さぶり、引きずり出してしまいそうな力を感じる。
まともに見なくてもそう感じるのだから、なおさら目を合わせることなんて怖くて出来なかった。
水の世界に関わるようになってただでさえ揺らいでいる思いは、いつ完全に表面化してもおかしくなくて。そうなれば私が苦しい思いをするだけなのはよく分かっているから、私は逃げるように、隠すように、頑なに先輩の目を見ようとはしなかった。


