ここで息をする







日曜日かつ夏休みシーズンということもあり、そこは嫌になるほど人で溢れ返っていた。人混みが嫌いな私からすれば最高にうんざりするほどに。

コインロッカーの鍵が付いているゴムバンドを手首に巻き、タオルと水筒、ゴーグルとスイミングキャップ、それから映画の台本を持つ。

水着に着替えてからジャージの上着を羽織って準備万端な私は、不貞腐れながら女子更衣室を出た。男子更衣室の前にある柱の前には、同じく水着姿の高坂先輩が居る。


「波瑠、こっちこっち」


私の姿を見つけるなり、先輩は手招きをした。自分と同じような競泳用水着姿で通路を移動している人達の波をすいすいと避けるように進んで、彼のもとに辿り着く。


「よし、さっそく泳ぎに行くか!」


合流するなり、先輩はやけにうずうずした様子で私に声をかけてから歩み出した。

だけど私はちっともそんな気持ちになれなかった。ずっと難しい顔のまま、広くたくましい背中を見つめてついていく。


――『特別レッスンしてやるよ』


数日前に初めてプールで撮影した日。高坂先輩に言われた謎の言葉の正体。

それは、市民プールで泳ぐシーンをマンツーマンで練習する、ということだった。先輩がこれを思いついたきっかけは、あの日の泳ぎのシーンで私が苦労していたことらしい。

上手くいかないのなら何度も撮り直せばいい……ということは、プールのシーンに限ってはどうしても出来ないのだ。あの日は泳ぐシーンがたまたま短かったから当日に練習しながら撮ることが出来たけど、今後はそればかりしているわけにはいかない。

特別にプールを借りる許可を得て撮影するという短い時間の中では、そう何回もやり直すことは不可能だった。

そこで先輩が考えたのが、この市民プールでの練習。どういう泳ぎをしてほしいか、その指示を事前にここで感覚として身に付けてほしいらしい。