「よし、じゃあちょうどいいな」
「え、何がですか?」
悪巧みを思いついたような声色の先輩の意図が分からない。だけど本能的に嫌な予感が過って顔が引きつる。
先輩の言動パターン的に、これは突然何か面倒なことを持ち出してくるやつだ。絶対そうだ。勘がそう言っている。
「……ちょっと待ってください、やっぱり何か予定が入ってたような……」
「嘘つけ。さっき、自信満々な顔で空いてるって言ったぞ」
「いや、それは、間違いというか……」
得体の知れない圧力を感じて、言葉尻を濁しながら思わずじりじりと後退し始める。すると先輩は、同じ距離だけ前に進んで追ってくる。
そして腕を伸ばして私の頭を撫でる……のではなく、逃亡を阻止するように頭を鷲掴みにされてしまった。突然のことに驚いて硬直する私の目線に合わせるように屈むと、先輩はにやりと不敵に笑ってみせた。
「その空いてる日曜日、俺が貰うぞ。せっかくだから、今後の撮影のために特別レッスンしてやるよ」
それだけ言って私の髪をわしゃわしゃと乱すと、先輩は私を置き去りにして一人で鍵を返すために職員室の中へと姿を消してしまった。先輩の後ろ姿が消えた職員室の引き戸をぱちぱちと瞬きしながら見つめて、一人呆然と立ち尽くす。
「特別、レッスン……」
何なんだ、それは。映画の中で“コウ”が“ハル”に持ちかけるものと同じ響きなんだけど。
とても、嫌な感じがした。まだ濡れている髪から落ちた水滴なのか汗なのか分からない何かがこめかみを伝う。
先輩が職員室から出てくるまで、耳に残る悪魔のような囁きがずっと頭の中で繰り返されていた。


