ここで息をする



「十分、俺が思い描いてた通りのイメージで演じてくれてるよ。さっきの“コウ”とのシーンでもいい表情してたしな。でも意識してやってないなら、あんまり気にしなくていいぞ。自然体な波瑠の姿が、一番役に近いってことなんだから」


変に意識して私の演技が乱れることを危惧したのか、先輩は朗らかな表情で言った。そう言ってもらわないと、正直これから今日の演技ばかりを意識してしまいそうだったから、ナイス判断で助かったと安堵した。

それから褒められたことへの喜びがじわじわと遅れてやって来て、我慢していてもどんどん口元が緩んでしまう。今日は疲れ果てながら泳ぐ姿も褒められていたけど、断然こっちの方が気分がよかった。

少しだけ、これからも頑張る自信に繋がったような気がした。お礼を告げる声のトーンが上がる。


「そう言ってもらえると、俄然やる気が出てきます。ありがとうございます!」

「こっちこそありがとな、俺の無茶な要望にも文句言わずに頑張ってくれて」


優しい表情で先輩が言う。出会った頃の強引な彼とは正反対な穏やかな一面が意外で、ついついくすっと笑ってしまった。

褒め言葉に喜んでいるわけではない笑い方に目敏く気付いた先輩が、怪訝な顔で尋ねてくる。


「何で笑うんだ?」

「いや……だって、自分で無茶言ってる自覚があるんだなって思ったらおかしくて。演技に指示出してるときは堂々としてるし、結構わがままを突き通してる感じだったから」


先輩はいつも、自由に物を言う。それだけ、真っ直ぐ貫く思いや自信が言葉に宿っているのだろう。

時にそれは無茶ぶりとなって演技指導されている私達の身に降りかかり、初めの頃は戸惑ったりもしたけど、この先輩の性格も今となっては慣れたものだ。