扉を閉じて鍵をかけた先輩が歩き出したので追いかけると、まだあまり拭けていなかった髪の先から滴が跳ねるように落ちた。コンクリートについた小さな染みは、一瞬で乾いて存在が分からなくなる。
話を聞く限り先輩は今から、昼休憩に入っている水泳部の代わりに職員室にプールの鍵を返しに行くらしい。私も一緒に行くことにした。
自分の荷物は全部更衣室に置いていたから今手元にあるし、撮影も終わったからもう私の用は済んだのだけど、さすがに片付けをしたり待ってくれていた先輩達を置いて先に帰るのは申し訳なかったから。
「……そういえばさ」
ふと先輩が口を開いたのは、プールと校舎を繋ぐ古びた渡り廊下の屋根の下から、入道雲がまばらに浮かんでいる空を眺めて歩いているときだった。
視線を隣へ向けると、すでに先輩の瞳が私を映していてどきっとする。この人は話すとき、いつも人の目を真っ直ぐ見てくる。実直に視線を注いでいる切れ長の茶色い目が、柔く細められた。
「波瑠、この前よりよりだいぶ役に入り込んできたな。台詞も棒読みじゃないし、声に気持ちが入ってる」
唐突な褒め言葉にきょとんと固まってしまう。さっき撮影していたときには言われなかったものだから、いきなり今になって聞くと一瞬何のことなのか理解出来なかった。
でもゆっくりと私の中に落ちてきた言葉の意味を理解すると、やがて戸惑いが広がってくる。
「え、そうですか……? 自分では台詞を間違わないようにするだけで精一杯で、正直そういうことは全然意識出来てないんですけど……」
先輩が抱いている役のイメージに合わせられるになりたいとは思っていたけど、まさかこんな風に言ってもらえるような段階になっていたなんて……。自覚がないだけに、言われてもいまいちぴんとこないのが虚しい。
自信なさげに言った私を見て、先輩はしっかりと頷いた。


