ここで息をする



『いきなり何?』

『やる気あんのかって聞いてんだよ』

『だから、何の……』

『水泳に決まってるだろ』


とぼけようとする“私”の言葉が遮られる。地を這うような低い声だった。“私”を咎めるようにじっと見続けてくる“コウ”の険しい表情にぞっとして、思わず視線を逸らしてしまう。

狼狽えることなどしたくなかったのに、これでは言われたことが図星だと認めているようなものだ。それでも足掻こうと、唇をきゅっと内側に丸めて一瞬思案してから、何てことないような顔を作って口を開く。


『何言ってんの。やる気ならあるに決まってんじゃん。大会だって近いんだよ? 毎日“私”がどれだけ練習してると思ってるの』

『そりゃあ、練習はちゃんと毎日やってるよな。……でも、心ここに在らずって感じじゃん。全然本気出して泳いでねーし』

『……そんなこと、ないよ』


痛いところを突かれて、返答にわずかなぎこちなさが生まれる。

それを“コウ”は見逃すことはせずに、やっぱりなと言いたげな顔になった。それから空いていた“私”の右隣へと腰を下ろす。ベンチが軋んで重心が右に寄った。

そっちを見ることも出来ずに俯いていた“私”の耳に、的確に“私”の心を当てる声が流れ込んでくる。


『嘘つくなよ。おまえのことなんて、見てたら何だってお見通しなんだから』

『……何その自信。“コウ”には、何にも分かんないよ』

『分かるよ。“ハル”が悩んでることぐらい』

『……っ』

『スランプになって、投げやりに泳いでるんだろ?』


タイムが伸びない時期が長く続いて、いつしか“私”は頑張ることをやめていた。出来のいい幼馴染みと自分を比較して悩むことに、もう疲れ果てていた。