なくした時間にいてくれた

今すぐに近くに行って顔を見たいと思うのに、足が前へと動かず、その場で「はい」と答えることしか出来なかった。


「目は覚めていますか?」

「まだ麻酔で覚めてはいないわ。あと一時間くらいすれば覚めると思うわよ」

医師と同じ答えだった。

進んでいくベッドを見て、やっと足が動いた私は運ばれていく岡くんのあとを追って、病室の前まで来た。

だけど、ここから先へは進めない。家族がまだ来ていないから入ることが出来なくて、部屋の前で立っているしかなかった。

看護士さんは「入ってもいいのよ」と言ってくれたけど、やっぱり入ることが出来なくて首を横に振った。

早く岡くんの顔を見たいと思う一方で一人で入るのが怖いという気持ちもあった。

花実が亡くなった日を思い出してしまう。

あの日の病院の廊下も静かだった。ドアを開けて入った先に花実はいた。寝ているように見えたけど、息をしていなかった。

岡くんが生きているということはもちろん分かっている。だから、早く顔を見たいと思うのに……。