「矢上さんが、好き」


 きっと嘘偽りない言葉なんだろう。真っ直ぐな視線に直感した。

 が。それに応えることは出来ない。


「ふざけんな」


 口から出たのはそんな言葉だ。


「ふざけてなんかいないよ! どうして信じてくれないの?」


 悲しそうな顔の彼女にほだされそうになるが、男はそれを押し殺して、益々厳しい顔をした。

 彼女の肩を掴みんで強引に引き剥がし、すぐ後ろの壁に押し付ける。

 両腕を彼女の顔の両脇に突き立てて封じ込めた。

 威圧するように彼女の上に覆いかぶさり、至近距離で囁く。


「信じられるかよ。お前は『誰』だ?」


 少しでも酷薄に聞こえればいい。

 そんな思いを込めて、恐らく彼女にとって一番聞かれたくないだろうと思う事を囁いた。


「それは」

「言えねえんだろ? そんな得体のしれねえ奴に好きだって言われて信じられるか?」


 追い詰められて少女は視線を泳がせた。


「悪いことは言わねえ。俺に何かつきまとってねぇで、さっさと自分の居場所へ帰んな」

「……ない」

「ん?」

「帰りたくない!」


 予想外に強い言葉が返って来て、矢上は面喰った。


「私のこと信じてくれなくていい。私のこと知ったら、きっともうこんな風に接して貰えないもん! だから……信じてくれなくて良いから、もう少し一緒にいてよ」


 潤んだ瞳に、必死に言い募る唇に、真剣な顔に、魅せられた。

 まずいと思った瞬間、矢上は自覚せずにはいられなかった。

 ――自分の気持ちを。