長く続いた沈黙を破ったのは、噴水の向こうの時計台の鐘の音だ。

 針は午後八時を指している。

 休日に賑わうであろう大型ショッピングモールも、平日のこの時間では行き交う人もまばらだ。


「そろそろ帰るぞ、かぐや」

「もう少し……ダメ?」

「駄目だ」


 立ち上がった矢上が腕を軽く引くが、かぐやは首を横に振るばかりだ。


「まだ、一緒にいたいよ」

「我まま言うな。家の近くまで送る。家はどのあたりだ?」


 駄々をこねる子どもに言い聞かせるように彼女の頭を軽く叩く。

 と、彼女はその手を勢いよく振り払い、矢上に抱き着いた。

 払われた手が中途半端に止まったまま、男は大きく目を瞠った。


「お、い?」

「もう少し矢上さんといたいの。これが最後の我がままだから、聞いて。お願い。貴方が好き。本当はずっと一緒にいたいけど、それは無理だから。もう少しだけ、もう少しだけでいいの。一緒にいて」

「落ち着け、かぐや。手を、離せ」


 必死な様子でまくしたてる彼女に戸惑い、矢上は彼女を引き離そうとそっと肩に触れて押し戻そうとした。

 しかし、彼女は更に力を込めて抱き着くので、振りほどけない。 

 触れた場所から感じる彼女の温もりに、男の胸が不意に締め付けられた。


「いや。お願い聞いてくれるまで離さない。矢上さんとの……思い出が欲しいの」


 必至な声。涙をためた瞳が、矢上を見上げている。

 震える彼女の肩を抱きしめそうになる自分をどうにか押しとどめて、矢上は彼女から目を逸らした。


「オッサンをからかうんじゃねえよ、馬鹿」

「からかってなんかない!」

「じゃあ、何だよ」


 視線を戻して不機嫌そうに問えば、かぐやは驚くほど強い目で彼を見ている。
 真摯な目に、男の胸が跳ねた。