夜明けを迎えて間もなく、王は執務のために深宮を出た。
一晩この宮の警護に当たっていた近衛達が、疲れも見せずにきびきびと後に続く。

長い渡り廊下だが、何百年も同じことの繰り返しだから、大して遠いとは思わない。

渡り廊下の中ほどにある、客用の宮の前へさしかかった。

毎日の習慣で、ちら、と桜の部屋の窓を見る。

わずかにほんのりと明かりが揺れていて、部屋の主がまだ夢の中にいるであろうことが分かる。

少し微笑んだあと、やれやれと息をついた。

(あれが、誰にでも対等であるのはこちらの人間にはない美徳だが……無防備すぎるのは考えものだ)

彼女の国はさぞ平和な国だったのだろう、と王は思った。

あまり人を疑わずとも生きていける国。
日常的に命の危険があるわけではない国。

(まったく……神児とあれほどまでに仲良くなるとはな)

頬にかかる長い髪を、鬱陶しげに後ろに払った。

最近、自分に対する態度が前とは明らかに違って、それが嬉しいのに、こうしてまた心配の芽が出てくる。

虫を払っても、芽を潰しても、花が美しければきりがない。

(……これから、外見だけでなく内面もずっと大人になって、磨かれていくに違いない)

この王宮に来た頃よりも、卑屈に自信なさげにうつむくことが少なくなった彼女の変化を、彼はわかっていた。

(本当の桜は、あれが自分で思っているよりもきっとずっと人をひきつける。それがこちらの人間にはないものなら、なおさらだ)

眉を寄せて、瞳をスッと細めた。

どうすれば良いものか。誰にも邪魔されず、かつ桜に嫌われたり、軽蔑されることなく、彼女を丸ごと自分のものにするには。

誰にも、触らせないためには。見せないためには。